日比谷ステーション法律事務所 HIBIYA STATION LAW OFFICE

労働法務の基礎知識

メンタルヘルス不調者の取扱い

1. 労働者のメンタルヘルスの現状

メンタルヘルス不調者は年々増加傾向にあり、厚生労働省の調査では、うつ病と診断される人の数が平成21年には100万人を超えたことが報告されています。このようにメンタルヘルス不調者の増加は大きな社会問題の一つとなっていますが、労働法務の分野においても、メンタルヘルス対策は重要な課題となっています。
この点、労働安全衛生法69条1項により、事業者は、労働者に対する健康教育及び健康相談その他労働者の健康の保持増進を図るため必要な措置を継続的かつ計画的に講ずるように努めなければならないとされており、その適切かつ有効な実施を図るため必要な指針を厚生労働大臣が公表するものとされています(同70条の2第1項)。これに基づき、「労働者の心の健康の保持増進のための指針」が公表され、どのようにメンタルヘルス対策をすべきかが詳細に示されています。
このように、事業者には労働者のメンタルヘルスを維持すべき努力義務があります。しかし、現代社会において、メンタルヘルス不調をきたす様々な要因を完全に排除することは困難と言わざるを得ません。そこで、十分な対策をしたにもかかわらず労働者がメンタルヘルス異常に陥ってしまった場合、会社としてどのように取り扱うべきか、労働法務上の問題点を以下検討します。

2. メンタルヘルス不調者に対する受診命令の可否

労働者がメンタルヘルス不調により、業務成績が低下したり、他の労働者との人間関係が悪化したりするなど、職場秩序に悪影響が生じた場合には、まず、専門医による診断と治療を勧めることになります。ここで、メンタルヘルス不調者が診断・治療を拒んだ場合、業務命令として診断を受けるよう命じることができるかが問題となります。
この点、就業規則等において受診義務の定めがある場合には、医師の診断を求める合理的な理由がある限り、会社は就業規則等に基づいて、会社の指定する医療機関での受診を命ずることができるとされています(電電公社帯広局事件(最判昭和61年3月13日労判470号6頁))。また、就業規則等の定めがない場合でも、労働者は労務提供義務の前提として自己保健義務を負っていますので、合理的な理由がある限り、会社の受診命令に応じる義務があると考えられます。

3. メンタルヘルス不調による休職者が回復しない場合の措置

a. 解雇

就業規則には、「身体又は精神の障害等により業務に耐えられないと認められたとき」等、私傷病による労務提供の不能が普通解雇事由として定められているのが一般です。しかし、メンタルヘルス不調者がこれに該当するからといって、ただちに解雇できるわけではありません。このような場合には、欠勤・休職の扱いをし、また、治療について会社が配慮をした上で、解雇がやむを得ないと考えられる場合でなければ、解雇権の濫用と判断されることになります(解雇権濫用の法理参照)。また、休職制度が設けられている会社では、休職期間を経ても到底治癒しないことが客観的に明らかであるというようなレアケースでない限り、休職をさせず直ちに解雇することはできないと考えられます。
次に、休職制度が適用され、復職後再度不調となった場合、休職期間が残存するにもかかわらず解雇できるかが問題となります。この点、躁うつ病に罹患し、最大2年間の休職期間のうち7か月間の休職後復帰し、再び不調となった労働者に対する解雇が無効と判断された裁判例があります(K社事件(東京地判平成17年2月18日労判892号80頁))。この裁判例を前提とすると、回復が客観的に見ても不可能な場合等特別の事情がある場合を除き、残存休職期間がある場合には解雇することはできないと考え、慎重な取扱いをすべきでしょう。

b. 自動退職

それでは、就業規則に「休職期間満了までに休職事由が消滅しない場合、当然退職とする」との定め(自動退職規定)がある場合、これに基づいて退職扱いとすることができるでしょうか。この点、休職期間満了時に労働者が復職を申し入れた事案において、裁判所は、使用者が、「当該従業員が復職することを容認し得ない事由」を主張立証した場合に、はじめて自動退職の効力が生ずるとしました。また、その主張をする場合には、「単に傷病が完治していないこと、あるいは従前の職務を従前どおりに行えないことを主張立証すれば足りるのではなく、治癒の程度が不完全なために労務の提供が不完全であり、かつ、その程度が、今後の完治の見込みや、復職が予定される職場の諸般の事情等を考慮して、解雇を正当視しうるほどのものであることまでをも主張立証することを要するものと思料する」としました(エール・フランス事件(東京地判昭和59年1月27日判時1106号147頁))。労働者が復職を求めている場合には、自動退職規定を適用するかどうか慎重に決すべきでしょう。
また、昭和電工事件(千葉地判昭和60年5月31日)では、労働者側の解雇法理適用の主張に対して、裁判所は「定年退職と同様該当事実の発生によって何らの意思表示なく雇用契約終了の効果を生ずる運用がなされてきたのであって、右休職期間満了による退職は解雇ではなく、雇用契約の自動終了事由とみるべきものである」として「解雇」ではなく「自動退職」と判断しました。この裁判例に基づけば、自動退職の定めがあったとしても、当然にそのとおり認定されるのではなく、実際には休職期間の経過に伴い退職させるか否かを会社の裁量で決定できるという運用をしていた場合には、「自動退職」ではなく「解雇」であると判断されるリスクがありますので、注意が必要です。

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